2014年12月20日

名取 サッポロビール仙台工場

東北本線名取駅には駅に隣接してサッポロビール仙台工場があり、駅の側線が工場内まで伸びていました。ここから製品のビールがコキ車によって出荷されていましたが、2012年3月のダイヤ改正で貨物列車の発着が無くなり、オフレールステーション化されました。工場まで伸びていた側線は一見すると専用線の様でしたがwikiによるとサッポロビールの専用線自体は1989年に廃止されており、その後専用線跡地(工場敷地内)にコンテナホームが設置されたとの事です。(ずっと専用線だと思いこんでいました)
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写真中央に写っているED75がいるところがコンテナホームになります。コンテナホームへは電機が直接入線する為、ここにはスイッチャー君はいませんでした。
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コンテナホームは1面1線のみの為、入換は電機による単純な押し込み・引き出しだけの為、あまり面白みはありませんでした。

コンテナホームから列車が引き出されると・・・
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機関車が機回しを行い・・・
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反対側に連結して・・・
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出発準備完了!(これだけですww)
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ここは入換え自体は面白みはありませんでしたが、列車の牽引機が当時(2007年)既に運用が少なくなっていたED75であった事が一番の魅力で、原色・更新色・新更新色とバラエティーに富んでいたED75達の撮影に足繁く通った思い出があります。

原色
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更新色(通称白パンダ)
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新更新色
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側面の大きな“ED75”のペイントが特徴的だった1028号車(通称虹ガマ)も入線していました。
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【おまけ】
コンテナに書かれた“空びん 河内屋”の文字がビール工場らしくていいですね~ (´∀`*)
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2014年11月29日

岩沼 丸昭興業岩沼工場専用線

丸昭興業岩沼工場専用線は東北本線岩沼駅から丸昭興業岩沼工場を結ぶ専用線で鶴見線の扇町にある昭和電工川崎事業所よりタキ車による液化アンモニアの到着がありましたが、丸昭興業の本社移転にともなう岩沼工場自体の閉鎖により2008年3月に廃止となりました。

写真は岩沼駅ホームから見た専用線の様子です。
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こちらは駅外から見た駅のヤード及び専用線の様子です。写真中央の専用線でタキ車が荷役中の様子が分かります。
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専用線はタキ車の引き上げ線と荷役線のみのこじんまりとした専用線でした。専用線の真横に生活道路が通っていたので、専用線の様子を間近に見る事が出来ました。
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ここの入換はアント君が担当していました。
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タキ車の荷役中の様子です。
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専用線で運用されていた日本陸運産業(現日陸)のタキ18600です。当時全国でも扇町~岩沼間でしか運用されていなかった珍しいタキ車で、白くて長いタンク体特徴的でした。
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ここで運用されていたタキ車たちは一見皆同じように見えてタンク体等に細かな差異があったり、常備駅が神栖駅・越中島駅・村田駅(現千葉貨物)などバラエティーに富んでいたのが興味深かったです。


岩沼駅構内の入換はJR貨物のスイッチャー(協三20t機)が担当していました。JR貨物のスイッチャーの塗色はオレンジ色が多数ですが、ここは珍しい青・白でした。(ここ以外では川崎車両所でも見られます。)
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駅ホームから見たスイッチャー君の寝床です。(まるで犬小屋ww)
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タキ車の車票です。危険品車票を示す赤ラインが入っています。
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工場内で荷役中の液化アンモニウムのローリー車です。タキ車と同様に白色に塗られています。これは高圧ガス保安法容器保安規則で塗色が規定されている為で、液化塩素車の黄色(タキ5450)やLPガス車の灰色(タキ25000)などがよく知られています。
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【おまけ】
丸昭興業のあった岩沼駅の西側には専用線の他に砕石線があり、JRのホキ800が入線しているのが見られます。
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運用は不定期なので、完全に時の運ですがまれにED75による入換の様子や積車のホキの姿などが見られます。
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岩沼には以前仕事の関係で駅から歩いて行ける所に住んでいたので、専用線好きの私にとっては最高の環境でした。住んでいた当時、休みの度に専用線や数少なくなったED75が牽く貨物列車を撮りまくっていたのが懐かしいです。 ( ´∀`) 

次回は岩沼駅に接続するもうひとつの専用線を紹介します。
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2014年10月04日

酒田港 酒田臨港開発

酒田港駅周辺には前回紹介した東北東ソー酒田工場専用線の他にも多くの線路が張り巡らされており、各社の専用線及び山形県営公共臨港線等が酒田港駅に接続しておりました。

今回は訪問当事(2006年・2007年)に確認出来た専用線と廃線跡を紹介します。

まずは貨車ファンの方には有名な貨車解体線です。酒田港をまたぐ陸橋の上から全景を見る事が出来ました。ここは仙台港や半田埠頭と並ぶ廃車になった私有貨車たちの最期の地の一つでした。
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訪問した日はコキ5500がここで最期の時を待っていました。
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なんとも物悲しい光景でした。
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隣接した解体業者敷地と線路の間には壁代わりにタキ車の輪切りやワキ車の車体がずらりと並べられており、一種異様な光景でした。
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こちらは山形県営公共臨港線です。酒田港の最奥にある大浜埠頭まで線路は伸びており、かつてはここに花王酒田工場専用線や東北東ソー化学酒田西工場専用線等も接続していたそうですが、訪問時は引き上げ線として使用されていた酒田港駅付近の一部を除き、既に使用されている形跡はほとんどありませんでした。
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大浜埠頭の終端部です。
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酒田港駅に隣接した元山形食糧事務所酒田政府倉庫にもかつては専用線が接続しており、線路の一部と遺構が残っておりました。
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写真では分かりませんが、2列に並んだ倉庫の間に線路が敷かれておりました。
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こちらは終端部です。車止めが見えます。
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これらの倉庫は既に使われていませんでしたが、戦前から存在していたそうです。壁面や柱には雲形迷彩が施されており、ここが戦争の生き証人である事を主張しておりました。(ちょっと不気味ですが・・・)
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“たばこをのむな”の看板に時代を感じます。
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ここには酒田臨港開発のスイッチャーが2両在籍しており、専用線及び公共臨港線の入れ替えを担当しておりました。

まずはメインの協三製20t機です。ロッド式の古めかしいタイプでした。雪国らしく大きなスノープローを装備しておりました。
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こちらは予備機の協三製15t機です。こちらもロッド式です。丸っこい外観がなんともかわいいスイッチャー君でした。(いままで見たスイッチャーの中で一番好きかもしれません。)
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専用線は無くなってしまいましたが、酒田港駅自体は健在ですので、またいつか訪問したいと思っています。



【おまけ】
解体線にいたコキ5500をよ~く見ると・・・。 “日本国有鉄道”や“汽車会社”や“若松車両センター”、はたまた“輪西貨車職場”
など今では存在しないシブイ銘板がずらりと並んでおりました。
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・・・正直、欲しかったです。
posted by ぷっぷく at 00:11| 廃止専用線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする